主宰俳句
白桃の夜はよく匂ふ枕上ミ 田島 和生
同人作品評(7月号) 田中 春生
鍬浸す川に果てなき花筏 石黒 哲夫
畑地の傍を流れる川に上流から途切れることなく流れてくる花びら。「果てなき」の措辞によって、川上の豪華な花吹雪を想像すると同時に、ゆったりとした時間の流れが奥行きをもって感じられる。労働する日常の世界と、唯美的な夢の世界との対比が、「鍬」と「花筏」で象徴されており、その両者をつなぐ共通の存在として「川」がある考えることもできよう。二つの世界が対比によって互いの印象を深めているといえよう。
蕨狩夫の呼ぶ声谺して 小林 れい子
蕨狩に夢中となり、いつの間にか離ればなれになった夫婦。心配して呼ぶ夫の声が林に谺する。周囲の静けさの中に夫の声だけが響くことで、日常とは違う声にどこか現実とは違う世界にいるような気持がしたことだろう。気遣う夫の声に応えて、作者も声を上げて自分のいる位置を知らせることとなるだろう。日常の生活においても、お互いを気遣っていることに違いないのだが、戸外でのハッキリとした形での気遣いに対して、また新鮮な心持になったに違いない。
頬紅集 秀句・佳句 田島 和生
昼顔や大岩陰に一つ咲き 野澤 多美子
浜昼顔だろうか。砂浜の大きな岩陰に這い、たった一つ咲いていた。まず「大岩陰」がいい。ひっそり一つ咲く昼顔が目に見えるようである。
鱚釣りや能登半島は凪の中 海野 正男
能登半島で鱚釣りを楽しんでいる。「能登半島は凪の中」は、日本海に突き出た能登半島が海と同じように、穏やかな凪の中にあるので、妙味がある。凪の真ん中での鱚釣りは、当たりも多いに違いない。
掬われて草の匂ひの初蛍 山岸 昭子
飛んでいる蛍をそっと手で掬って、嗅いでみたら、草の匂いがした。水辺から生まれたばかりの「初蛍」の初々しさを思わせ、実感もあって大変いい。
原発の空の向かうに遠花火 本多 静枝
手前に、白い煙を上げる原子力発電所。その向こうの空に花火が上がる。東電の事故で怖さと安全運転の難しさが改めて知らされた原発。一方、夏空を彩る花火の美しさ。危険と平和を対比させ、社会性のある異色作。
以上、俳誌「雉」9月号より抜粋いたしました。