田島 和生 主宰俳句
加賀の国
かなかなの魂ふるばかり加賀の国
虫鳴くや独り暮らしの姉と臥し
月見草野鯉高々跳ぬるかな
頸立てて亀の四方見る萩の風
きらきらと鳶の吐き出す蝉の翅
八月六日暗む厨に黙祷す
終戦日綱に縋りて鐘一打
彳(たたず)めば人も木のごと秋燕
同人作品評(八月号) 山西 雅子
亡き友の空き家に高く棕櫚の花 佐藤 尚夫
生育が悪く、横にあまり広がらないシュロは庭園樹として好まれます。とはいえ、高木になりますから昨今は住宅事情の関係で、個人宅の庭にはあまり植えられなくなっているかもしれません。この句のシュロは、亡くなった友人が共に月日を過ごしてきた大きな木でしょう。広い庭を従えた空き家は静まりかえっています。
ショロの花は特徴のある形をしていて、特に咲き始めは大きな黄色の塊になって現れます。牛タンのような形、と喩えた人もあるような、分厚い楕円形の塊が少し下向きに垂れるように付きます。私などは、樹下に立つと何となくその花から話しかけられているような気持ちになることがあります。この方もそのような感じを持たれたのかと想像しました。
新同人作家競詠(九月号)
兼六園逍遥 宮崎 明倫 (金沢)
青軸の細き枝先梅の花
松の根に飛び付き突く雀の子
春の鳶後ろより来て食奪ふ
春の鳶食を奪ひて点となる
霞ヶ池岸辺に春の鯉数多
初蝶の山の御亭へ我誘ふ
氷室跡樫の囲みの水温む
マロニエの花 度山 紀子 (富山)
緑風やカリヨンの音運び来る
街路樹のマロニエの花咲き満てり
春の空大聖堂の塔そびゆ
うららかや離れては寄るヴィーナス像
尖塔のミカエル像や風光る
朧月エッフェル塔を仰ぎけり
晩年のモネのアトリエ春の蝶
新同人作家競詠評 大前 貴之
兼六園逍遥 宮崎 明倫
氷室跡樫の囲みの水温む
和歌のような言葉づかいをされる方だなと思ったら、古典に造詣の深い方とのこと。歴史背景を持つ素材を前にすると、ついそれに引きずられて難解な俳句を作りがちだが、この作者はその弊を熟知しておられるようだ。好悪を可否は別にして、発表作七句は総て眼前の景を平明かつ柔らかに写しとったもの。眼前感応のお手本と言えるだろう。
欲を言えば、句の運びをもう少し軽やかにし、一句の独立性を高めて欲しかった。連句の素養もお持ちということなので、活字になった作品を見て、ご自身は既に気付かれていると思うが、他の読者のために解りやすく指摘しておくと、「春の鳶」の句は一句で十分ではなかったか、というようなことだ。
マロニエの花 度山 紀子
尖塔のミカエル像や風光る
羽ばたくはずのない天使像の羽根が、春風の中に一瞬動いたように見えた。作者の優れた感性を感じさせる秀作だ。
尖塔のミカエル像ということは、モン・サン・ミシェル。新同人の抱負で述べておられた、今一度の精進のために日常を離れ、敢えて困難な海外吟行を試みられたのであろう。この句の他にも「春の空」「うららか」などの作品は、季語にもう一工夫が必要とは思うが、良い素材に眼を付けておられると思う。
今後の課題は、季語の斡旋力の強化。吟行句ということを考慮しても、今回の競詠作品はやや絵葉書的。田島主宰や富山や金沢の同人の作品を、写経のように毎月書き写すことをお勧めしたい。
以上、俳誌「雉」10月号から抜粋いたしました。