「雉」北陸地区のブログ

「雉」句会の活動を公開しています

雉ネット俳句2022

「雉」ネット俳句入選作品集2022
令和4年(2022)「雉」ネット俳句入選作品集
第96回 令和4年 12月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇イニシャルのSばかりなる日記果つ  岩手県      しをん 
〇単身用シンク小さし秋灯      埼玉県吉川市   石井カズオ 
〇用ひとつ残りたる街暮早し     静岡県島田市   裕子 
 大晦日エスタデイの夕チャイム  岩手県大船渡市  佐藤 茂之 
 水道工事の穴のぞきこむ十二月   埼玉県吉川市   石井カズオ 
 老猫の目脂とつてやる日向ぼこ   埼玉県吉川市   石井カズオ 
 鉱脈の尽きて百年山ねむる     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 背にねむる命の熱し冬銀河     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 芒野の風の輝く入り日かな     神奈川県平塚市  高橋 勝久 
 年用意チラシの裏の走書き     神奈川県横浜市  龍野ひろし 
 コロナ禍を生き存へて除夜の鐘   神奈川県横浜市  東郷 佳人 
 葉牡丹に溢るる日差し石館     静岡県富士宮市  遠藤 英二 
 布に射す冬日裁ちたる裁ち鋏    愛知県北名古屋市 ゆう子 
 サイレンの迫り遠のきゆく寒夜   三重県津市    柘植 欽也 
 行く年や暦に残る走り書き     滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 雪しんしん一人降して発つ列車   滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 冬日和田舎暮らしの薪の山     京都府福知山市  北川 茂代 
 シベリアに眠る祖先や冬銀河    大阪府高槻市   葉月庵郁斗 
 病室を見舞えず帰る冬の雨     大阪府東大阪市  森 佳月 
 獅子舞に噛まれるためにお辞儀する 奈良県奈良市   相沢はつみ 
林 さわ子 選

〇夕映えやサンタの配る割引券    神奈川県川崎市  立野 音思 
〇荒畑の地下足袋の跡初氷      愛知県北名古屋市 ゆう子 
〇寒起こし土塊枯草ごろごろと    三重県伊賀市   尾生の信 
 先考の包丁研ぎて寒昴       岩手県大船渡市  佐藤 茂之 
 水道工事の穴のぞきこむ十二月   埼玉県吉川市   石井カズオ 
 穏やかに一日終へし冬の暮れ    千葉県我孫子市  鈴木 清 
 短日や夕勤行の僧の影       千葉県野田市   木村 鹿次 
 ふるさとは電話の向かう雪の音   神奈川県川崎市  立野 音思 
 芒野の風の輝く入り日かな     神奈川県平塚市  高橋 勝久 
 故郷の遠くなりゆく去年今年    神奈川県横浜市  幸子 
 ふかぶかと空あり葱の白き抜く   静岡県島田市   裕子 
 用ひとつ残りたる街暮早し     静岡県島田市   裕子 
 布に射す冬日裁ちたる裁ち鋏    愛知県北名古屋市 ゆう子 
 湖の静寂をつつみ山眠る      滋賀県大津市   中村 良一 
 行く年や暦に残る走り書き     滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 雪しんしん一人降して発つ列車   滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 獅子舞に噛まれるためにお辞儀する 奈良県奈良市   相沢はつみ 
 波の花漂ふ岸を電車過ぐ      奈良県奈良市   堀ノ内和夫 

小学生の部
林 さわ子 選

山寺や鐘音鳴らん暮れ時に     東京都北区    萩原 琉生 
若葉風優しく揺るる夏の森     東京都北区    萩原 琉生 
冬篭外は寒風中暖風        東京都北区    萩原 琉生 
特選句 選評
小林 美成子 

イニシャルのSばかりなる日記果つ    岩手県      しをん

 Sとは誰?恋人或いは仕事の上のライバル?
この一年心を占めてきたSの存在。新年を迎えたら何らかの決着をつけなければ・・・。などと想像が膨らみ、ドラマを感じさせる句。

単身用シンク小さし秋灯         埼玉県吉川市   石井 カズオ

 単身用のワンルームマンションか、会社が借り上げた単身赴任者用住居のキッチンか。シンクの前に立ちその小ささに一人暮らしの侘しさをかみしめる作者。シンクに鈍い光を落としている秋灯まで想像出来る。

用ひとつ残りたる街暮早し        静岡県島田市   裕子

 用事を一つづつメモにしたため街中へ。あれこれと用事を済ませて行くうちにもう日暮れが迫っている。「用ひとつ残りたる街」の措辞には、そんな短日の気ぜわしさがよく出ている。
林 さわ子 

夕映えやサンタの配る割引券       神奈川県川崎市  立野 音思

 夕映えの街、サンタの配る割引券とは飲み屋のものだろうか。哀感と共に、経済成長期にあった昭和の日本を思い出させる。

荒畑の地下足袋の跡初氷         愛知県北名古屋市 ゆう子

 耕作されていない荒畑。誰かが見回りをしたのか、氷の張った深い地下足袋の跡があった。人の気配を詠んでいるが、人が少なくなってしまった集落の厳しくも確かな暮らしが「初氷」に感じられる。 
        
寒起こし土塊枯草ごろごろと       三重県伊賀市   尾生の信

 寒の時期に土を粗く掘り起こす「寒起こし」は、土を寒さに当てることにより、作物の病原体や害虫を減らす作業。しばらく耕されていなかった土が厳寒の中、「土塊枯草ごろごろ」と起こされる様が目に見えるように伝わってくる。

 

第95回 令和4年 11月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇俎板のあまたの傷を干して冬   千葉県佐倉市   林 昭太郎
〇凩や抜け落ちてゐる煮干しの眼  千葉県佐倉市   林 昭太郎
〇シウマイの赤き包や寒見舞    神奈川県横浜市  龍野ひろし
 底抜けに晴れていよいよ冬に入る 岩手県      しをん
 かたかたと貨車過ぐ小駅冬入日  栃木県塩谷町   河原さんぽ
 何にでも名前書く母鳳仙花    千葉県佐倉市   林 昭太郎
 冬晴や水鏡して榛名富士     千葉県松戸市   吉沢美佐枝
 冬日和着弾域の×印       神奈川県川崎市  石川 風
 柿干され甘き匂ひの庭となり   神奈川県横浜市  幸子
 捨てられぬ遺品仕舞ひて秋暮るる 神奈川県横浜市  東郷 佳人
 案の定しぐれて来たり能登の旅  岐阜県岐阜市   辻 雅宏
 補聴器の拾ふ波音冬めきぬ    岐阜県岐阜市   辻 雅宏
 五穀米炊きて勤労感謝の日    静岡県島田市   裕子
 音もなく時雨過ぎたる写経の間  静岡県富士宮市   遠藤英二
 蜜柑剥き夫の蘊蓄聞き流す    愛知県北名古屋市 ゆう子
 小春日や心温もるまで座禅    滋賀県大津市   中村 良一
 マフラーの右側長く伸ばす癖   大阪府東大阪市  森 佳月
 夕暮れてわが家も冬の灯の一つ  岡山県苫田郡   原 洋一
林 さわ子 選

〇引き潮の光つつけり都鳥     愛知県北名古屋市 ゆう子
〇冬ぬくし大川渡るポンポン船   滋賀県大津市   中村 良一
〇蟹のタグ不意に動くや朝の市   奈良県奈良市   堀ノ内和夫
 底抜けに晴れていよいよ冬に入る 岩手県      しをん
 かたかたと貨車過ぐ小駅冬入日  栃木県塩谷町   河原さんぽ
 腹をすり大白鳥の泥を来る    埼玉県吉川市   石井カズオ
 何にでも名前書く母鳳仙花    千葉県佐倉市   林 昭太郎
 俎板のあまたの傷を干して冬   千葉県佐倉市   林 昭太郎
 凩や抜け落ちてゐる煮干しの眼  千葉県佐倉市   林 昭太郎
 表札は在りし日のまま石蕗の花  千葉県野田市   能天気
 七五三父にもたれて足袋履けり  東京都立川市   桜鯛 みわ
 茶の花やつぶやくやうに花開き  神奈川県川崎市   立野 音思
 白砂に散る山茶花や夕日影    長野県岡谷市   倉田 詩子
 フラミンゴ立ち脚変へて小春かな  静岡県富士宮市   遠藤 惠子
 吉引いてなにやらぬくし冬はじめ 滋賀県大津市   杉浦 昭夫
 門前に托鉢の僧来て師走     滋賀県大津市   中村 良一
 障子洗ひ流れ来し藻のからみつき 京都府城陽市   宇田川成一
 雪蛍あはき光に溶けてゆき    京都府城陽市   宇田川成一
 門前の猫のあくびや秋うらら   大阪府高槻市   郁爺 (蟹組)
 落葉踏む他に音なし杣の道    大阪府豊中市   西田 順紀

特選句選評
小林 美成子

俎板のあまたの傷を干して冬       千葉県佐倉市   林 昭太郎 

 木製の俎板を使用していた頃は、鉋をかけて傷を修正したものであるが、最近の物はそうはいかない。この句俎板ではなく傷を干したとして類想を免れた。最後の「冬」にもインパクトが。

凩や抜け落ちてゐる煮干しの眼      千葉県佐倉市   林 昭太郎 

 煮干しを使って丁寧に出汁をとった味噌汁は本当に美味しい。カラカラに乾燥した煮干しは目が抜けていて凄まじい形相である。季語の凩と煮干しの眼のあたりの欠落感がひびきあう句。

シウマイの赤き包や寒見舞        神奈川県横浜市  龍野 ひろし 

 「シウマイ」の表記で横浜名物崎陽軒のシウマイであることが分かる。続く「赤き包」でより映像が鮮明となったところで、寒見舞いで締めくくり、構成の見事な作品。

林 さわ子

引き潮の光つつけり都鳥         愛知県北名古屋市 ゆう子 
      
 都鳥、ユリカモメは干潟や砂浜で二枚貝をつついて食べるという。波が引いた瞬間の、濡れた浜に漁る都鳥の姿を「光つつけり」と表現。観察眼の効いた句で、浜辺の輝きを伝える。

冬ぬくし大川渡るポンポン船       滋賀県大津市   中村 良一 
    
 外国の景だろうか。ポンポン船が川を渡るとは、よほどの大河だ。遥かな対岸、その奥の広々とした大地が目に浮かぶ。「冬ぬくし」の季語と響き合う大景だ。 

蟹のタグ不意に動くや朝の市       奈良県奈良市   堀ノ内 和夫 

 ズワイガニか。蟹は品質の証明のため、水揚げされた漁港ごとに色の違うタグが付けられる。朝市を見ていると、蟹のタグが動いた。ゴムで縛られた蟹の哀れさや、それでも動く生きの良さ、朝市の寒さなどを感じさせる。
第94回 令和4年 10月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇短日や荷の上で捺す受領印      千葉県佐倉市  林 昭太郎
作用点支点力点ばつたんこ      京都府城陽市  宇田川成一
〇グランドへ海風なびく良夜かな    広島県大竹市  西亀
 女優自死しりたるあとの冬花火     埼玉県吉川市  石井カズオ
 銀漢や建屋にうごく作業燈       千葉県佐倉市  林 昭太郎
 クレーンより身を乗り出せる松手入れ  千葉県松戸市  吉沢美佐枝
 補聴器の感度程よし野路の秋      東京都葛飾区  本田 英夫
 朝寒や音にはじまる外流し       神奈川県大和市 山田ひろ志
 丈なして出窓華やぐ秋明菊       神奈川県横浜市 幸子
 サスペンスめく月の夜の水路閣     神奈川県横浜市 龍野ひろし
 夫摘みし野菊一輪旅の宿        長野県岡谷市  倉田 詩子
 鳥小屋は合掌造り小鳥来る       静岡県富士宮市 遠藤 惠子
 小春日へかざし磨けるゴブレット    愛知県北名古屋市 ゆう子
 刈田風時間通りに来ないバス      京都府城陽市  宇田川成一
 片思い林檎の皮の長々と        大阪府高槻市  郁爺(蟹組)
 芒の穂そよげば知れる石仏       奈良県奈良市  堀ノ内和夫
 柿干して子ら居ぬ家の広さかな     岡山県苫田郡  原 洋一 
林 さわ子 選

〇投網打つ波細やかに秋の湖      神奈川県横浜市  聖華
〇コスモスのバケツいっぱい届きたり  岡山県津山市   江見東母子
〇杜鵑草垣根のそとに咲きこぼれ    広島県広島市   表 孝征
 剥栗は腹の上なる眠り子よ       埼玉県久喜市   中城 俊昭
 兵の駈けし花野を歩みけり       埼玉県東松山市  ダック
 少年のやうに草の実つけ帰る      埼玉県吉川市   石井カズオ
 短日や荷の上で捺す受領印       千葉県佐倉市   林 昭太郎
 曲がるたび色鮮やかに紅葉坂      千葉県松戸市   吉沢美佐枝
 クレーンより身を乗り出せる松手入れ  千葉県松戸市   吉沢美佐枝
 稲妻や千手観音閃光す         静岡県富士宮市  遠藤 英二
 工場の裏の日溜り干布団        愛知県北名古屋市 ゆう子
 出航に周航の歌秋澄めり        滋賀県大津市   中村はる
 千枚田千枚すべて豊の秋        滋賀県大津市   杉浦 昭夫
 童顔の歩荷に譲る登山道        大阪府豊中市   西田 順紀
 立ち通す案山子の足の太きかな     兵庫県川西市   除門 一喜
 晩学の吾秋灯の中にをり        兵庫県尼崎市   松井 博介
 電車ゆく度になびくや芒の穂      広島県呉市    谷本 佳子
 母慕ひ落穂拾ひし刈田かな       広島県広島市   甲野 裕之
 明け染むる峰の清かに晩稲刈      広島県広島市   甲野 裕之 
特選句 選評
小林 美成子

短日や荷の上で捺す受領印        千葉県佐倉市   林 昭太郎

 置き配や宅配ボックスの普及で、以前ほど印鑑は使われなくなったが、我が家は今も印鑑派である。決まって夕方の忙しい時間に届く宅配便。「荷の上で捺す」の措辞から、そんな時間の配達員との短いやり取りが見えてくる。

作用点支点力点ばつたんこ        京都府城陽市   宇田川 成一 

 作者は理系の方と想像される。寺の庭などに設えられた添水、鹿威しとも云うばったんこの動きが気になって仕方がないのだ。伝統的なばったんこの動きを、物理的に解体して詠んだ楽しい句。

グランドへ海風なびく良夜かな      広島県大竹市   西亀 

 海辺の学校か或いは競技場か。昼間は競技が繰り広げられ、歓声に沸いたグランドも今は静まり返り、中天には全き月影が染み渡っている。シンプルな句の仕立てに、読む者の涼気を誘う句。


林 さわ子 

投網打つ波細やかに秋の湖        神奈川県横浜市  聖華 

 投網を打つと水面が円形に波立つ。夏も同じように投網を打っていたに違いないが、秋の湖は細やかな波を生んでいると作者は感じた。湖の秋らしさを上手く伝えている。

コスモスのバケツいっぱい届きたり    岡山県津山市   江見 東母子 

 コスモスをバケツ一杯とは、嬉しい届け物だったことだろう。畑や公園など、コスモスの群れ咲く色彩の塊を切り取ったような届き物の様子が伝わる。送り主との気取りのない間柄に、コスモスが良く似合う。  
   
杜鵑草垣根のそとに咲きこぼれ      広島県広島市   表 孝征 

 ひっそりと咲き、趣のある杜鵑草は茶花としても好まれ、庭に植えてあるのを見かける。この句の「垣根のそとに」との観察眼が、日頃から筆者も見ていたはずの杜鵑草の咲き様を、ありありと思い出させてくれた。

第93回 令和4年 9月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇タイムカプセルひらく大きな鰯雲 岩手県     しをん
国葬のテレビを切つて夜業の灯  神奈川県大和市 ひろ志
〇秋燕や故国へ戻る宣教師     岐阜県岐阜市  辻 雅宏
 蕎麦咲いて信濃は月の大き國    千葉県佐倉市  林 昭太郎
 パレードの果てて無月の遊園地   東京都西東京市 海老名 吟
 秋天や瓦屋根葺くイラン人     東京都葛飾区  本田 英夫
 鯖雲や港舞鶴倉庫群        岐阜県岐阜   辻 雅宏
 豊作や無人駅舎の絵画展      京都府城陽市  宇田川 成一
 即身仏祀る巖や燭涼し       大阪府豊中市  西田 順紀
 川霧や神宮橋の沓の音       奈良県奈良市  堀ノ内 和夫
 譲られてサンキューハザード天高し 岡山県津山市  武本 真寿子
 棚経やスポーツカーで来る僧侶   岡山県津山市  武本 真寿子
 あるなしの風にまろびし芋の露   岡山県苫田郡  原 洋一
 旅の果て秋の驟雨となりにけり   岡山県苫田郡  原 洋一
 三歳振りの法話となりし秋彼岸   広島県大竹市  西亀
 レコードのセロよくひびく賢治の忌 広島県呉市   谷本 佳子
 海見ゆる十字の墓や花薄      広島県広島市  表 孝征
林 さわ子 選

〇花芒一握吾子に持たせけり     埼玉県      ダック
曼珠沙華目を瞑りてもなほ紅し   東京都立川市   桜鯛 みわ
〇コロナ禍やよされよされと秋の風  大阪府東大阪市  森 佳月
 川沿ひの鉄の匂ひの秋桜       岩手県大船渡市  佐藤 茂之
 早八十路旅ごころ湧く鰯雲      千葉県我孫子市  鈴木 清
 パレードの果てて無月の遊園地    東京都西東京市  海老名 吟
 油照り門に目をむく仁王像      神奈川県横浜市  聖華
 露天湯に紅葉の雫山の宿       神奈川県横浜市  龍野 ひろし
 星月夜標高三千夫と立つ       長野県岡谷市   倉田 詩子
 新海苔の香ごとほほばり握り飯    岐阜県岐阜市   辻 雅宏
 富士山の胸突き八丁星流る      静岡県富士宮市  遠藤 英二
 阿羅漢の膝にこぼるる萩の花     愛知県北名古屋市 ゆう子
 裏木曾の日暮れは早しおけら鳴く   愛知県北名古屋市 ゆう子
 宵月を水田に残し鍬洗ふ       三重県四日市市  後藤 允孝
 釜上げの玉蜀黍の匂ひたつ      滋賀県大津市   中村 はるみ
 川霧や神宮橋の沓の音        奈良県奈良市   堀ノ内 和夫
 海見ゆる十字の墓や花薄       広島県広島市   表 孝征
 高層の披瑠に映るや鰯雲       広島県呉市    谷本 佳子
 気散じに野の秋風についていく    沖縄県那覇市   渡嘉敷 五福

特選句 選評
小林 美成子

タイムカプセルひらく大きな鰯雲     岩手県       しをん

 卒業記念に皆で埋めたタイムカプセル。成人しそれぞれの人生を歩み始めた同級生が集い今開けられた。自身の少年少女時代に出会うという不思議と感動が「大きな鰯雲」に表出されている。

国葬のテレビを切つて夜業の灯      神奈川県大和市   ひろ志

 「国葬」という言葉がこの国を重く覆った数か月であった。
夜のニュースが安倍元首相の葬儀の様子を伝えている。ともあれ、今日の仕事は終わらせなければならない。テレビを切り仕事場の灯をともす。

秋燕や故国へ戻る宣教師         岐阜県岐阜市    辻 雅宏

 秋燕と宣教師。素材はただそれだけだが、国境など無い帰燕の空の無限。故国という言葉のノスタルジー。布教の旅をする宣教師。これらの言葉から大きな物語を感じさせる句。

林 さわ子

花芒一握吾子に持たせけり        埼玉県      ダック

 散歩中だろうか、一握りの花芒を摘んで、子どもに持たせてやった。大人には美しく見飽きない花芒の光景だが、子どもには遊び足りないかも知れないと、持たせたのだろうか。細やかな愛情が伝わる。
       
曼殊沙華目を瞑りてもなほ紅し      東京都立川市    桜鯛 みわ

 見渡す限り、真赤な曼殊沙華の咲く光景か。「目を瞑りてもなほ」との表現が、強烈な曼殊沙華の色を上手く表現している。

コロナ禍やよされよされと秋の風     大阪府東大阪市   森 佳月

 「よされ」とは東北地方の民謡「よされ節」のはやし言葉で、貧困や凶作の「世は去れ」との意味と言われる。コロナ禍よ去れと、秋風が吹くようだとの句。秋風では少し心もとないが、三年も続くコロナ禍であれば、少し諦めの境地の「秋風」なのかも知れない。
第92回 令和4年 8月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇箸茶碗静かに置きて原爆忌    埼玉県吉川市   石井 カズオ 
〇濤音に倦みし灯台夏の果     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
〇流星や父の形見のスキットル   神奈川県横浜市  東郷 佳人 
 新涼や先ずはパソコン開く朝   千葉県我孫子市   鈴木 清 
 踊の輪入るも出づるも踊りつつ  千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 溶接の青き火花や夏の暮     神奈川県横浜市  龍野 ひろし 
 曲げわつぱ開けば香る茸飯    愛知県北名古屋市 ゆう子 
 石仏の影も石仏猫じゃらし    三重県四日市市  後藤 允孝 
 稲妻や闇に刹那の大比叡     滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 湖の近江に暮らし星月夜     滋賀県大津市   中村 良一 
 うつし世の灯を消して風の盆   滋賀県大津市   中村 はるみ 
 門灯の家族を待てる秋の夕    滋賀県大津市   中村 はるみ 
 新涼や潮の香りの停留所     大阪府高槻市   郁爺  
 蓋ずらすのみの軸箱お風入れ   大阪府豊中市   西田 順紀 
 盆供養小さき仏を護り継ぐ    奈良県奈良市   堀ノ内 和夫 
 蛇穴にカードばかりが増えにけり 岡山県苫田郡   原 洋一 
 木瓜の実や頑固も偏屈も個性   岡山県苫田郡   原 洋一 

林 さわ子 選

〇大夕焼け長距離バスは満員で     埼玉県      ダック 
〇箸茶碗静かに置いて原爆忌      埼玉県吉川市   石井 カズオ 
十五夜のひかりを回す観覧車     千葉県松戸市   吉沢 美佐枝 
 それぞれに秋来る同じ空見上げ    岩手県      しをん 
 暮れ残る山のぬる湯にかなかなと   栃木県塩谷町   河原 さんぽ 
 踊の輪入るも出づるも踊りつつ    千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 寝不足の欠伸を隠す団扇かな     神奈川県横浜市  聖華  
 溶接の青き火花や夏の暮       神奈川県横浜市  龍野 ひろし 
 稲妻や闇に刹那の大比叡       滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 行く夏や波の運べる貝の殻      滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 三代で水を掛けをり墓参り      京都府城陽市   宇田川 成一 
 蓋ずらすのみの軸箱お風入れ     大阪府豊中市   西田 順紀 
 新涼や潮の香りの停留所       大阪府高槻市   郁爺   
 妹の線香花火点けてやり       奈良県奈良市   堀ノ内 和夫 
 合はす手に初秋風や薬師堂      広島県広島市   表 孝征  
 手を合わせ灯籠流す原爆忌      広島県広島市   坂本 裕  
 原爆忌何も知らずに笑ふ子ら     愛媛県新居浜市  加島 一善 
特選句 選評
小林 美成子 
 
箸茶碗静かに置きて原爆忌     埼玉県吉川市    石井 カズオ

 八月六日の広島原爆の日は原爆投下時間の八時十五分に黙祷が捧げられる。その時間に朝食をとっている家庭も多いことだろう。多大な犠牲の上に営まれる現代の暮らし。「静かに置きて」に作者の思いが滲む。

濤音に倦みし灯台夏の果      千葉県佐倉市    林 昭太郎

 夏の終わりの少し寂しさの漂う海辺の景。灯台に打ち寄せる波の音にも秋の気配が。「濤音に倦みし灯台」と灯台を擬人化したことで、一層侘しさが増した。ふと昔流行った曲「誰もいない海」を思い出した。

流星や父の形見のスキットル    神奈川県横浜市   東郷 佳人

 スキットルはウイスキーなどを入れて持ち歩くための小さな水筒。今は殆ど見掛けなくなったが、ズボンのポケットに収まり易い少し湾曲したフォルムが懐かしい。父上は登山に携行されたのか。「流星」からそんな想像が。
林 さわ子 

大夕焼長距離バスは満員で     埼玉県     ダック

 旅行帰りの客で一杯のバスを想像する。少し疲れているものの、心満ちて帰って行く情景が「大夕焼」と「満員」の言葉から伝わって来る。       

箸茶碗静かに置いて原爆忌     埼玉県吉川市   石井カズオ

 箸茶碗に象徴される日常と多くの命が一瞬にして失われたその日。普段は何気なく使っている食器であるが、普通に暮らせることの有難さを感じる日であろう。「静かに置いて」という措辞に、作者の深い祈りを感じる。

十五夜の光を回す観覧車      千葉県松戸市   吉沢美佐枝

 華やかなイルミネーションが遠くからも見える、都会の大きな観覧車か。その観覧車へ十五夜月は地上には無い特別な光を注ぐ。「光を回す」との表現に十五夜の都会の光景が見えてくる。
第91回 令和4年 7月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇幕上がる白雨のあとの野外劇     岩手県      しをん
〇長生きの咀嚼楽しむ夏料理      栃木県塩谷町   河原 さんぽ
〇口中の飴噛み砕き炎天へ       千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 蛍袋のひとつに秘密しまひをく    岩手県      しをん
 夏帽子すいと乗り込むスポーツカー  埼玉県東松山市  ダック
 新涼のキリトリ線に鋏の絵      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 天道虫草間彌生を知ってるか     千葉県我孫子市  鈴木 清
 桜桃の不揃ひ詫びて母元気      神奈川県大和市  ひろ志
 羽化したる如く乙女の更衣      神奈川県横浜市  幸子
 泰山木薫る道筋変へてより      神奈川県横浜市  聖華
 分からないことはそのまま桃啜る   静岡県富士宮市  遠藤 惠子
 キャンパスの奥の喫茶や夏木立    愛知県北名古屋市 有子  
 二輛車のドアは手動よ青葉風     愛知県北名古屋市 有子  
 鉾へ乗る角帯に横笛噛せ       愛知県北名古屋市 有子  
 柳生への街道半ばひめぢよをん    滋賀県大津市   中村 良一
 八時十五分鐘の音と蝉時雨      京都府城陽市   宇田川 成一
 空蝉の爪一本で吹かれをり      大阪府高槻市   郁爺
 船台に溢るる人や浦祭        奈良県奈良市   堀ノ内 和夫
林 さわ子 選

〇水浴びの後にほほ張る塩むすび    神奈川県大和市  ひろ志
〇八時十五分鐘の音と蝉時雨      京都府城陽市   宇田川 成一
〇梅雨晴れや朝の体操声出して     奈良県奈良市   堀ノ内 和夫
 幕上がる白雨のあとの野外劇     岩手県      しをん
 口中の飴噛み砕き炎天へ       千葉県佐倉市   林 昭太郎
 秋ともし影絵遊びのあねいもと    千葉県松戸市   吉沢 美佐枝
 新涼のキリトリ線に鋏の絵      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 泰山木薫る道筋変へてより      神奈川県横浜市  聖華
 濡縁の下の深きへ西日さす      岐阜県揖斐郡   横山 道男
 うぶすなの夜明けの百合の青白く   静岡県富士宮市  遠藤 英二
 分からぬことそのままにして桃啜る  静岡県富士宮市  遠藤 惠子
 鉾へ乗る角帯に横笛噛せ       愛知県北名古屋市 有子  
 噴水の意表つくかに崩れける     滋賀県大津市   中村 はるみ
 空蝉や爪一本で吹かれをり      大阪府高槻市   郁爺
 山越えの汗拭い合ふ峠茶屋      兵庫県川西市   除門 一喜
 船台に溢るる人や浦祭        奈良県奈良市   堀ノ内 和夫
 防波堤釣り糸垂らし星凉し      広島県広島市   坂本 裕
 秋澄むや城跡つつむケーナの音    愛媛県新居浜市  加島 一善 
特選句 選評
小林 美成子 
 
幕上がる白雨のあとの野外劇      岩手県      しをん

 夕立の去った後の野外劇場。すべてのものが浄化され、空気が一変したような空間でいよいよ始まる野外劇。読む者もその場の演劇空間を共有している様な感覚を覚える句。 

長生きの咀嚼楽しむ夏料理       栃木県塩谷町   河原 さんぽ

 年を取って食事が美味しく頂けるということは、何にも増して幸せな事である。老いを明るく前向きに詠まれていて、夏料理の色彩の効果と相俟って、元気を頂ける句となっている。

口中の飴噛み砕き炎天へ        千葉県佐倉市   林 昭太郎 

 川崎展宏の句に〈炎天に打つて出るべく茶漬飯〉があるが、昨今の耐えがたい猛暑に対峙するには茶漬飯では牧歌的すぎる。掲句の「飴噛み砕き」にはそんな感覚が凝縮している。
林 さわ子 

水浴びの後にほほ張る塩むすび    神奈川県大和市  ひろ志

 子ども時代の回想だろうか。水浴びの後、おやつの塩むすびを食べた。「ほほばる」がいかにも美味しく、幸せそうだ。まだ髪の乾かぬままの日焼け顔が目に浮かぶ。

八時十五分鐘の音と蝉時雨      京都府城陽市   宇田川 成一

 広島に原爆が投下された時刻。黙祷に鐘の音と蟬時雨だけの短い時が過ぎる。鐘も蝉時雨も無音のように錯覚しそうな深い祈りを、名詞だけで表現した。  

梅雨晴れや朝の体操声出して     奈良県奈良市   堀ノ内 和夫

 梅雨の晴れ間は気分の良いものだ。毎日続けている体操も、梅雨晴れの日には「いち、に、さん」と自然に声が出て爽快に違いない。日常を生き生きと伝える。 

第90回 令和4年 6月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇夏の蝶ひらりロックダウンの街    岩手県      しをん 
〇父の日の妻と娘の長電話       栃木県那須塩原市 垣内 孝雄 
〇西日さす画鋲ばかりの掲示板     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 鎖場にいのち預けし涼しさよ     埼玉県吉川市   石井 カズオ 
 匂ひにも重さのありて栗の花     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 麦の秋地球いささか焦げ臭し     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 合歓の花有るか無しかの風捉へ    神奈川県横浜市  幸子 
 軽やかに開く鎧戸梅雨明ける     神奈川県大和市  ひろ志 
 風鈴は風の音色となりにけり     神奈川県横浜市  龍野 ひろし
 廃線の軌道に積もる竹落葉      岐阜県揖斐郡   横山 道男
 暁の鶏の高鳴き梅雨明くる      愛知県北名古屋市 有子 
 昔話ぽつりぽつりと古団扇      滋賀県大津市   杉浦 昭夫 
 万緑や湖は太古の静けさに      滋賀県大津市   中村 良一 
 夕空に風の出てきし蛇の衣      京都府城陽市   せいち 
 古希過ぎて白シャツの裾出す気分   大阪府東大阪市  森 佳月 
 痰からむ寝たきりの妻梅雨に入る   大阪府東大阪市  森 佳月 
 国後を近くに望む夏の海       愛媛県新居浜市  加島 一善 
林 さわ子 選

〇峡谷へバンジージャンプ五月晴    千葉県      玉井 令子 
〇ほうたるの明滅風が出てきたね    東京都西東京市  海老名 吟 
〇雑草の中に帆を上ぐ半夏生      神奈川県横浜市  聖華 
 夏の夜や俚言生き生き対談集     栃木県塩谷町   河原 さんぽ 
 西日さす画鋲ばかりの掲示板     千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 夕立ちやワイパーの追いつかぬほど  千葉県      玉井 令子 
 バス停のベンチ軋んで旱梅雨     東京都西東京市  海老名 吟 
 山道で雉に会いしは嬉しかり     神奈川県横浜市  奥原 邦敏 
 寝入る子の絵本を捲る夏の風     神奈川県横浜市  龍野 ひろし 
 廃線の軌道に積もる竹落葉      岐阜県揖斐郡   横山 道男 
 炎帝へ白き腹向け眠る虎       静岡県富士宮市  遠藤 英二 
 雲の峰双ヶ丘へペダル漕ぐ      愛知県北名古屋市 有子 
 暁の鶏の高鳴き梅雨明くる      愛知県北名古屋市 有子 
 大青田里ふくらます風渡り      三重県四日市市  後藤 允孝 
 万緑や湖は太古の静けさに      滋賀県大津市   中村 良一 
 大梅雨や近江の湖の茫茫と      滋賀県大津市   中村 はるみ 
 みずうみや衣桁に掛ける薄衣     滋賀県大津市   中村 はるみ 
 園児らの整列乗車夏帽子       大阪府東大阪市  森 佳月 
 山賊と呼ばれし谷へ蛍狩       広島県大竹市   西亀 
特選句 選評
小林 美成子

夏の蝶ひらりロックダウンの街  岩手県       しおん 

 わが国では法的措置のロックダウンこそなかったが、自粛により多くの街から人が消えた。そんな街に一羽の揚羽蝶が疑い深く飛来。この句「ひらり」のオノマトペが不気味でさえあり、コロナ禍の気分をよく捉えている。

父の日の妻と娘の長電話     栃木県那須塩原市  垣内 孝雄 

 父の日の多くの家庭でのあるある感満載の句。一応父と子の短いやり取りはあったものの、あとはいつもの様に母と娘の長電話となる。父親という存在の、ちょっとした疎外感が巧みに描かれている。

西日さす画鋲ばかりの掲示板   千葉県佐倉市    林 昭太郎 

 町内の様々なお知らせやポスターが張られ、伝達のツールとしての役割を果たしてきた掲示板。最近は掲句の様に画鋲ばかりが目立つようになった。「西日さす」の季語の斡旋が掲示板の昭和の遺物感を際立たせている。
林 さわ子
 
峡谷へバンジージャンプ五月晴  千葉県       玉井 令子

 そこに立つだけで恐怖を感じるような高さからバンジージャンプとは、若くて力が有り余っているのだろう。五月晴れの山の緑の中、印象鮮明な景だ。

ほうたるの明滅風が出てきたね  東京都西東京市   海老名 吟

 蛍を見ている二人か。蛍が飛ぶのは曇っていて風の無い夜とされているから、風が出てくると飛ぶのを止めるのだろう。「風が出てきたね」と同伴者へ言っているのか、蛍へ言っているのか、おそらく両者へ。短い命への愛惜を感じさせる。

雑草の中に帆を上ぐ半夏生    神奈川県横浜市   聖華

 半夏生は先端の葉が白くなり、遠くからも目に付く。一面の緑の中の白さを「帆を上ぐ」と上手く表現した。涼しさも感じさせる。

第89回 令和4年 5月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇五月晴れ蔵書印ある句集買ふ     千葉県市川市   鳥越 暁
〇昨日とは違ふ風着る更衣       千葉県佐倉市   林 昭太郎
〇かがり火を落とし鵜舟のしづもりぬ  神奈川県大和市  ひろ志
 ひとり泳ぐページめくるやうにターン 岩手県      しをん
 遠慮なく君の目を見るサングラス   岩手県      しをん
 空海の山の伽藍や青葉騒       栃木県那須塩原市 垣内 孝雄
 青蘆の湖より翳る比叡山       栃木県那須塩原市 垣内 孝雄
 鯵刺の漁に海面沸騰す        埼玉県吉川市   石井 カズオ
 夏帽子大きく振れば対岸も      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 一葉の草稿展や新樹光        千葉県船橋市   須藤 範子
 漱石の大きな墓碑や夏木立      千葉県船橋市   須藤 範子
 ランドセル放る戦争なき夏野     神奈川県横浜市  龍野 ひろし
 釣り上げし鮎を画像で送り来し    神奈川県横浜市  幸子
 トルソーの胸葉桜の影ゆらぐ     愛知県北名古屋市 有子
 まな板に刻むリズムや若葉風     滋賀県大津市   杉浦 昭夫
 序の舞の立ち姿佳し杜若       大阪府東大阪市  森 佳月
 町医者の机の上の紙のぼり      大阪府豊中市   西田 順紀
 雨燕旋回したる墳丘墓        奈良県奈良市   堀ノ内 和夫
林 さわ子 選

〇ひとり泳ぐページめくるやうにターン 岩手県      しをん
〇雀の子大きパン屑のみ下す      埼玉県吉川市   石井 カズオ
〇夏帽子大きく振れば対岸も      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 遠慮なく君の目を見るサングラス   岩手県      しをん
 鯵刺の漁に海面沸騰す        埼玉県吉川市   石井 カズオ
 天道虫のぼり詰むればぱつと消ゆ   千葉県市川市   鳥越 暁
 水馬影重なりて滑りゆく       神奈川県平塚市  高橋 勝久
 かがり火を落とし鵜舟のしづもりぬ  神奈川県大和市  ひろ志
 指先を染めて摘みけり紅の花     神奈川県大和市  ひろ志
 ランドセル放る戦争なき夏野     神奈川県横浜市  龍野 ひろし
 古民家の梁の太さや五月闇      岐阜県岐阜市   辻 雅宏
 トルソーの胸葉桜の影ゆらぐ     愛知県北名古屋市 有子
 働いて畦に足拭く代田かな      滋賀県大津市   杉浦 昭夫
 路地うらの醤油の匂ひ夕薄暑     広島県呉市    谷本 佳子
 孫たちに急かされ歩む潮干潟     広島市佐伯区   坂本 裕
特選句 選評
小林 美成子

五月晴れ蔵書印ある句集買ふ       千葉県市川市    鳥越 暁 

 梅雨の晴れ間の久々の外出。ふらりと立ち寄った古本屋に以前から読みたかった俳人の句集を見つけ頁を繰って行くと、見返しに今では珍しい蔵書印が。見知らぬ蔵書印の主に親近感が湧く。 

昨日とは違ふ風着る更衣         千葉県佐倉市    林 昭太郎 

 厚手の衣類から夏服に着替えた時の解放感は、肌感覚で夏を実感する瞬間である。「昨日とは違ふ風着る」の作者のオリジナルな感覚と言葉がこの句のすべて。

かがり火を落とし鵜舟のしづもりぬ    神奈川県大和市   ひろ志 

 先ほどまで篝火を煌々と焚いて、絵巻の様に繰り広げられていた鵜飼漁。
静寂を取り戻した今、鵜舟は深々とした闇の中に静まっている。
芭蕉の〈おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな〉の句が自ずと思い浮かぶ景。

林 さわ子

ひとり泳ぐページめくるやうにターン   岩手県       しおん

 練習なのか、プールで泳ぎ続ける姿。「ページめくるやうに」との措辞に、淡々と同じフォームでプールを行き来する孤独感のようなものが伝わる。            

雀の子大きパン屑飲みくだす       埼玉県吉川市    石井 カズオ 

 食欲旺盛な雀の子。大丈夫かと心配になるほど大きなパン屑を懸命に飲み下す様を詠まれた。子雀の可愛さや生命力を感じさせる。 

夏帽子大きく振れば対岸も        千葉県佐倉市    林 昭太郎 

 川だろうか、港だろうか。対岸に知人を見つけて帽子を大きく振ると、対岸からも帽子を振って返した。「大きく」に解放感があり、夏らしさ満点の景。          

第88回 令和4年 4月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇明日にも屠る鶏豆の花        埼玉県吉川市   石井 カズオ 
ハモニカに鉄の味する麦の秋     千葉県佐倉市   林  昭太郎 
〇ビロードの丸襟が好き紫木蓮     静岡県富士宮市  遠藤 惠子 
 着信音鳴らぬ一日目借どき      千葉県我孫子市  鈴木 清 
 花水木はなだの空へ伸びやかに    千葉県松戸市   吉沢 美佐枝 
 糸電話のあちらとこちら春障子    神奈川県川崎市  立野 音思 
 芽柳や暗渠となりし街の川      神奈川県横浜市  聖華 
 人探す防災無線夕蛙         岐阜県揖斐郡   横山 道男 
 母探す吾子と目が合う入園日     岐阜県揖斐郡   横山 道男 
 若葉風茅葺屋根の喫茶店       静岡県富士宮市  遠藤 惠子 
 掛花の梔子匂ふ小画廊        愛知県      有子 
 南風やオイルの匂ふ菜っ葉服     愛知県      有子 
 サファイア婚夜は初物豆ごはん    京都府木津川市  西澤 由美子 
 筍の糠添へられて届きけり      大阪府豊中市   西田 順紀 
 春の山登りて古希の膝笑ふ      大阪府東大阪市  森  佳月 
 水軍の海峡わたる春の風       愛媛県新居浜市  加島 一善 
 燕来る通天閣を目印に        愛媛県新居浜市  加島 一善 
 囀のなかひとり待つ始発バス     沖縄県那覇市   渡嘉敷 五福 
林 さわ子 選

〇しばらくは風着るここち更衣     千葉県佐倉市   林 昭太郎
〇箒目に桜しべ散る砂壇かな      大阪府豊中市   西田 順紀
〇幾重にも橋と桜の被爆川       広島県広島市   表 孝征
 うららかや十年動かぬ棚の本     千葉県我孫子市  鈴木 清
 ハモニカに鉄の味する麦の秋     千葉県佐倉市   林 昭太郎
 糸電話のあちらとこちら春障子    神奈川県川崎市  立野 音思
 墳丘は晴れ渡りをり揚雲雀      神奈川県川崎市  立野 音思
 人探す防災無線夕蛙         岐阜県揖斐郡   横山 道男
 石門に翻る影つばくらめ       静岡県富士宮市  遠藤 英二
 初蝶や光の中へ吸い込まれ      三重県四日市市  後藤 允孝
 早乙女の背は柔らかき日を乗せて   三重県四日市市  後藤 允孝
 春風や平城山越えて佐保に入る    滋賀県大津市   中村 はるみ
 春雨や夢殿の庭濡れ光る       奈良県奈良市   堀ノ内 和夫
 島つなぐ橋の灯ともり春の暮     広島県呉市    谷本 佳子
 白木蓮や一年生を迎へ入れ      広島県呉市    谷本 佳子
 並びをる亀の甲羅に花吹雪      広島県広島市   表 孝征
 水軍の海峡わたる春の風       愛媛県新居浜市  加島 一善
 囀のなかひとり待つ始発バス     沖縄県那覇市   渡嘉敷 五福
中学生の部
小林 美成子 選

 ふわふわのピカチューがいて朝寝かな スウェーデン  理紗 エルムバル 
林 さわ子 選

 ふわふわのピカチューがいて朝寝かな スウェーデン  理紗 エルムバル
特選句 選評
小林 美成子 

明日にも屠る鶏豆の花         埼玉県吉川市   石井 カズオ

 養鶏場の景とも、自家用に平飼されている農家の庭先の景とも想像される。いずれにしても、明日は食用としては屠られる運命の鶏が、何も知らずに餌を啄んでいるのだ。作者の憐憫が「豆の花」に託された句。

ハモニカに鉄の味する麦の秋      千葉県佐倉市   林 昭太郎

 ハーモニカに唇を当てた時の金属的な異物感は、誰もが持つ身体的記憶だ。ノスタルジックなイメージのハーモニカに「麦の秋」がよく合い、甘酸っぱい青春詠となった。〈麦秋や鉄の味するハーモニカ〉とすればより形が整う。

ビロードの丸襟が好き紫木蓮      静岡県富士宮市  遠藤 惠子

 昭和初期生まれの女の子にとって、ビロードの洋服は最高のお洒落だった。
作者は紫木蓮の花弁の感触に、子供の頃のお気に入りのビロードの服を思い出しているのだろう。「丸襟」の具体が一層可愛らしい。
林 さわ子 

しばらくは風着るここち更衣      千葉県佐倉市   林 昭太郎

 更衣で夏服を着たばかりの解放感を「風着るここち」と、上手く表現した。まだ夏服に慣れない身体の感覚が伝わる。
      
箒目に桜しべ散る砂壇かな       大阪府豊中市   西田 順紀

 京都法然院の白砂壇が知られている。山門を入ると左右に水を表す白い盛り砂があり、ここを通ることで心身を清めるとされる。砂壇には季節の文様が描かれ、そこへ桜蕊が散る光景。花ではなく、桜蕊であることが静謐な寺院の美しさを伝える。「桜蕊降る」が季語とされているので、「散る」ではなく「降る」としたい。  

幾重にも橋と桜の被爆川        広島県広島市   表 孝征

 川の多い広島の光景か。多くの人が水を求め来て亡くなった川に、沢山の橋が架かり、桜が咲いている。「幾重にも」に作者の思いが込められているようだ。

第87回 令和4年 3月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇薄氷を割りて野沢菜取り出せり    神奈川県横浜市  聖華
タブレット開く読書や兼好忌     滋賀県大津市   杉浦 昭夫
〇FM の DJ 替はる春の朝       奈良県      相沢はつみ
 薔薇の芽や母と連れ立つ宝塚     栃木県那須塩原市 垣内 孝雄
 去年の巣に泥つぎたして乙鳥     埼玉県吉川市   石井カズオ
 ローマ字の標札の家白木蓮      千葉県我孫子市  鈴木 清
 笹鳴やまだ冷めきらぬ登り窯     千葉県佐倉市   林 昭太郎
 虫食みしままに春蘭咲きにけり    東京都葛飾区   本田 英夫
 ガラス張りの料理教室春サラダ    神奈川県川崎市  立野 音思
 摘草や土手に自転車投げ出して    神奈川県横浜市  龍野ひろし
 遠足の声のころがる三笠山      愛知県北名古屋市 ゆう子
 盲導犬連れたるひとに春の風     大阪府東大阪市  森 佳月
 朧夜や合はなくなりし老眼鏡     兵庫県神戸市   峰 乱里
 東欧に春よ届けと鶴を折る      広島市佐伯区 坂本 裕
 糸柳風の形に靡きけり        広島県広島市   林 己紀男
 水禽の去りたる川の広さかな     広島県広島市 林 己紀男
林 さわ子 選

〇しばらくはビルの窓ふき眺め春    岩手県      ミカワエツコ
〇遠足の声のころがる三笠山      愛知県北名古屋市 ゆう子
〇後ろ手に見上ぐる秀つ枝囀れり    沖縄県那覇市   渡嘉敷五福
 そっと踏むうすらひの声ききたくて  岩手県      ミカワエツコ
 薔薇の芽や母と連れ立つ宝塚     栃木県那須塩原市 垣内 孝雄
 去年の巣に泥つぎたして乙鳥     埼玉県吉川市   石井カズオ
 笹鳴やまだ冷めきらぬ登り窯     千葉県佐倉市   林 昭太郎
 春場所の土俵の力士さくら色     神奈川県平塚市  高橋 勝久
 薄氷を割りて野沢菜取り出せり    神奈川県横浜市  聖華
 散る花のひとひら眠る子の頬に    神奈川県横浜市  龍野ひろし
 摘草や土手に自転車投げ出して    神奈川県横浜市  龍野ひろし
 橋までと友を送れり桜の夜      愛知県北名古屋市 ゆう子
 風が色回してはじく石鹸玉      三重県四日市市  後藤 允孝
 春風やまこと浪速は橋多き      滋賀県大津市   中村はる
 豆を撒く舞妓は下手投げにして    大阪府豊中市   西田 順紀
 似顔絵を地面に描く原爆忌      奈良県      相沢はつみ
 風鐸の濡れ光りをり塔の春      奈良県奈良市   堀ノ内和夫
 鉄塔をつぎつぎ越ゆる燕かな     広島県呉市    谷本 佳子
 糸柳風の形に靡きけり        広島県広島市   林 己紀男
特選句 選評
小林 美成子

薄氷を割りて野沢菜取り出せり     神奈川県横浜市  聖華
 
 北国の暮しが実感を伴なって伝わる句。漬物樽の中まで凍ってしまう氷点下の朝、深緑の良い色合いに漬かった野沢菜を、手を真っ赤にして取り出す。
「薄氷を割りて」に、当事者ならではのリアルがある。 

FMのDJ 替はる春の朝        奈良県    相沢はつみ 

  朝のひと時いつも楽しんでいるFMの音楽番組。ラジオ局の春の番組改編に伴い、聞き馴染んできたDJが今朝からは新しい人に。手垢のついていない素材をもとに季節の変わり目を詠み、フレッシュな感覚の句。

タブレット開く読書や兼好忌      滋賀県大津市  杉浦 昭夫

 この句も現代の暮しに浸透しつつある先端機器を題材にしていて新鮮。
取り合せが鎌倉期の歌人吉田兼好の忌日というギャップも面白い。画面をスワイプしながら『徒然草』を読んでいるなど、いかにも現代的な景である。


林 さわ子 

しばらくはビルの窓ふき眺め春     岩手県    ミカワエツコ
 
 ゴンドラを吊ってビルの窓を拭いている様子を、作者は見ている。危険な仕事であろうが、春の長閑さの中では、ビルを光らせる春らしい仕事にも思えてくる。「しばらくは」に作者のそんな気持ちが表れているようだ。

遠足の声のころがる三笠山       愛知県北名古屋市  ゆう子

  三笠山は奈良の若草山のこと。草原の山で、遠足にはもってこいのようだ。「声のころがる」との措辞に三笠山の姿や子ども達の楽しそうな様子が生き生きと伝わる。

後ろ手に見上ぐる秀つ枝囀れり     沖縄県那覇市   渡嘉敷五福

  「後ろ手に見上ぐる」との表現が、作者の年齢や里山と思われる景色、暮らしまで感じさせ、囀りがもたらす喜びや輝きを伝える。
第86回 令和4年 2月の募集
一般の部
小林 美成子 選

コピー機に本押し付ける多喜二の忌  千葉県佐倉市   林 昭太郎 
〇無違反の免許返納冬の月       広島県広島市   林 己紀男 
〇冬の朝バーコード切り退院す     愛媛県新居浜市  加島 一善 
 トランプのババの出てくる春炬燵   岩手県      ミカワエツコ 
 春の雪スウプのすこし冷めるまで   岩手県      ミカワエツコ 
 かげろふや廃炉を待てる発電所    栃木県那須塩原市 垣内 孝雄 
 薄氷の空を崩せる童かな       栃木県那須塩原市 垣内 孝雄 
 三月来ドレッシングをよく振れば   千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 春光の器となりて乳母車       千葉県佐倉市   林 昭太郎 
 梅が香や東司の窓を少し開け     千葉県松戸市   吉沢 美佐枝 
 早梅の一樹に人の群れにけり     神奈川県横浜市  龍野 ひろし 
 父の名の残る鳥居や初稲荷      岐阜県岐阜市   辻 雅宏 
 赤銅色の柱状節理燕来る       静岡県富士宮市  遠藤 英二 
 メトロノーム右に左に花菜風     静岡県富士宮市  遠藤 惠子 
 上げ潮に透ける藻屑や啄木忌     愛知県北名古屋市 ゆう子 
 夕されば塊となり浮寝鳥       滋賀県大津市   中村 はるみ 
 北窓を開きこころに風入れる     大阪府東大阪市  森 佳月 
 雲間より光の梯子瀬戸の春      広島市佐伯区   坂本 裕 
 草青む風心地よき山仕事       広島県大竹市   西亀 

林 さわ子 選

〇ミサを待つ大聖堂の余寒かな     岐阜県岐阜市   辻  雅宏
〇日溜まりへ抱えて運ぶ君子欄     岐阜県揖斐郡   横山 道男
〇冬の朝バーコード切り退院す     愛媛県新居浜市  加島 一善
 春光の器となりて乳母車       千葉県佐倉市   林 昭太郎
 一粒のパールの揺れて春隣      東京都中野区   得井 澄子
 葉牡丹の列や園児の列が行く     東京都葛飾区   本田 英夫
 止まれば円になりゆく鴨の水尾    神奈川県横浜市  聖華
 釣人の帽子飛ばすや比良八荒     岐阜県岐阜市   辻  雅宏
 メトロノーム右に左に花菜風     静岡県富士宮市  遠藤 惠子
 蓬摘む陽だまりの土つきしまま    三重県四日市市  後藤 允孝
 雪解川二つ出合ひて逆巻けり     滋賀県大津市   杉浦 昭夫
 磴道の冬霧深し奥の院        滋賀県大津市   中村 良一
 神棚の小さき三方煤払い       大阪府豊中市   西田 順紀
 雲間より光の梯子瀬戸の春      広島市佐伯区   坂本 裕
 宮島の嶺の輝きて雲雀東風      広島市佐伯区   坂本 裕
 床擦れの痛み忘るる春の虹      広島市佐伯区   坂本 裕
 下萌えの坂道のぼり祖父の墓     広島県呉市    谷本 佳子
 薄氷の下に動かぬ朱き魚       広島県大竹市   西亀
特選句 選評
小林 美成子  

コピー機に本押し付ける多喜二の忌   千葉県佐倉市  林 昭太郎

 本をコピーする時のあの無理やり感はあまり気持ちの良いものではない。その違和感を、戦時中の言論統制下で拷問死した小林多喜二に重ねた句。今正にウクライナ侵攻中のロシアでは大幅な情報規制が行われていて、地続きの問題を感じさせる句。

無違反の免許返納冬の月        広島県広島市  林 己紀男 

 長い間、自身の生活と共にあった愛車の運転を辞める決断をした。中には運転ロスで気分が落ち込む人もいると聞くが、この句の「冬の月」の透徹感からは、無傷の免許証の返納を決断した作者の人柄の潔さが彷彿とさせられる。

冬の朝バーコード切り退院す      愛媛県新居浜市 加島 一善 

 入院患者の情報をバーコード化した患者識別用のリストバンドは、多くの病院で導入されている。退院が決まった冬の朝、それまでの異物感から解放され、心も体も軽く前向きになった感じが「バーコード切り」の措辞に良く出ている。


林 さわ子 

ミサを待つ大聖堂の余寒かな   岐阜県岐阜市 辻 雅宏

 春になっても、大きな古い建物には冷えが残っていることが多い。歴史的建造物であれば、暖房もできないことになっているから厳しい。そんな大聖堂でミサを待つ人の姿が伝わる。

日溜まりへ抱えて運ぶ君子欄   岐阜県揖斐郡 横山 道男 

 君子欄は大きく立派な鉢に植えられていることが多い。冬の間は室内で大切に育て、花芽を持ち始めた君子欄。その鉢を「抱えて運ぶ」のだ。作者の健康と、春を迎えた喜びが込められている。

冬の朝バーコード切り退院す   愛媛県新居浜市 加島一善 

 入院患者の取り違えを防ぐため、手首にバーコードの入ったバンドを着ける。一度着けると、鋏で切らない限り外れない。作者の退院は冬の朝だが、身体も気持ちも元気になっていることが「切り」に込められている。

第85回 令和4年 1月の募集
一般の部
小林 美成子 選

〇ゴム印の日付あらため初仕事     千葉県佐倉市   林 昭太郎
〇春を待つ赤き目盛の哺乳瓶      千葉県佐倉市   林 昭太郎
〇青年はソムリエ志望冬木の芽     三重県四日市市  後藤 允孝
 鉛筆を削れば木の香雪催ひ      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 とつときのワイン一本女正月     千葉県千葉市   玉井 令子
 冬木の芽献血あとのレモンティー   千葉県千葉市   玉井 令子
 額の手優しき母の玉子酒       千葉県船橋市   須藤 範子
 学僧の足音凍つる永平寺       神奈川県横浜市  龍野ひろし
 人語して鳥語止みたり探梅行     岐阜県岐阜市   辻  雅宏
 テレワーク画面の隅に室の花     岐阜県揖斐郡   横山 道男
 日脚伸ぶマリオネットの長き脚    静岡県富士宮市  遠藤 惠子
 仮縫のピンの煌めき春近し      愛知県北名古屋市 ゆう子
 ギャラリーの扉を押せり春帽子    愛知県北名古屋市 ゆう子
 細雪珈琲の香を手につつみ      滋賀県大津市   中村 良一
 冬晴や白き機影の他はなし      京都府木津川市  西澤由美子
 それぞれに過去を持ち寄る焚火の輪  広島県広島市   林 己紀男

林 さわ子 選

〇とつときのワイン一本女正月     千葉県千葉市   玉井 令子
〇正月の顔して来たり孫五人      岐阜県岐阜市   辻  雅宏
〇若衆の顔あかあかと飾り焚く     広島県大竹市   西亀
 船便の手簡眩しき漱石忌       栃木県塩谷町   河原さんぽ
 鉛筆を削れば木の香雪催ひ      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 春を待つ赤き目盛の哺乳瓶      千葉県佐倉市   林 昭太郎
 土地の子に交じり鬼ごと空つ風    東京都葛飾区   本田 英夫
 雪を跳ね笹竹月を砕きけり      神奈川県川崎市  立野 音思
 百合カモメ初日の橋を潜りゆく    神奈川県横浜市  聖華
 学僧の足音凍つる永平寺       神奈川県横浜市  龍野ひろし
 御仏の眉間のひかり寒落暉      静岡県富士宮市  遠藤 惠子
 日脚伸ぶマリオネットの長き脚    静岡県富士宮市  遠藤 惠子
 仮縫のピンの煌めき春近し      愛知県北名古屋市 ゆう子
 山重ね重ねて木曽の秋深し      滋賀県大津市   杉浦 昭夫
 細雪珈琲の香を手につつみ      滋賀県大津市   中村 良一
 移り来て枝雪ちらす雀かな      滋賀県大津市   中村はる
 初御空幟高々撓ふかな        広島県広島市   表  孝征

中学生の部
小林 美成子 選

 十和田湖のさざ波のこゑ鷹のこゑ   福井県坂井市   小林 隆人
 校門の前に先生雪の朝        福井県坂井市   小林 隆人
林 さわ子 選

 十和田湖のさざ波のこゑ鷹のこゑ   福井県坂井市   小林 隆人
 冬空に白線を引く戦闘機       福井県坂井市   小林 隆人
 校門の前に先生雪の朝        福井県坂井市   小林 隆人
小学生の部
小林 美成子 選
 
 雪だるまご門の前でおおいばり    千葉県千葉市   和田 千
 弟よこの雪で何を作ろうか      福井県福井市   松田 歩空
 竹馬にやっと乗れたぞ弟も      福井県福井市   松田 歩空

林 さわ子 選

 ばばのいきおこたと同じあたたかい  千葉県千葉市   和田 千
 雪だるまご門の前でおおいばり    千葉県千葉市   和田 千
 寒くても朝は楽しいしもばしら    千葉県千葉市   和田 千
 弟よこの雪で何を作ろうか      福井県福井市   松田 歩空
 弟の頬っぺたはこの餅のよう     福井県福井市   松田 歩空
 竹馬にやっと乗れたぞ弟も      福井県福井市   松田 歩空


特選句 選評
小林 美成子

ゴム印の日付あらため初仕事      千葉県佐倉市  林 昭太郎 

 くるくると回して年月日を揃える回転式ゴム印。現代社会から取り残された昭和なアイテムを、今も使っている町の零細業者の初仕事の景が目に浮かぶ。改められた日付に、コロナ禍の厳しい現状に立ち向かう姿勢と淑気が。

春を待つ赤き目盛の哺乳瓶       千葉県佐倉市  林 昭太郎 

 「赤き目盛の哺乳瓶」に、お腹を空かせて泣く子の声を背に、哺乳瓶を蛇口で冷したり、頰に当てて温度を確めたりした授乳の思い出が蘇る。昼も夜もない大変な日々ではあったが、あの赤い目盛が泣きたくなるほど懐かしい。

青年はソムリエ志望冬木の芽      三重県四日市市  後藤 允孝 

 「小さい頃、追いかけっこをしていて転んで掴んだ草についていた土の香りや、その時に石の下で死んでいたかぶと虫の匂いが急に浮かんできました。」これは、ソムリエの田崎真也氏が世界大会で優勝した時のテイスティングコメント。ソムリエって詩人なんですね。青年の人となりが想像される句。


林 さわ子

とつときのワイン一本女正月      千葉県千葉市   玉井 令子 

 女正月は年末年始に多忙だった女性達が年始回りをしたり、女性だけの慰労会をする日。この日のための「とっときのワイン」を一本持参したのだ。弾けるような楽しさが伝わる。                  
正月の顔して来たり孫五人       岐阜県岐阜市   辻  雅宏 

 「孫五人」が年始の挨拶に来るとは、少子化の世にめでたい。その孫達が、いつもよりかしこまった顔つきであることを「正月の顔」と表現。玄関で出迎えた時の孫さん達の愛らしい様子が目に浮かぶ。

若衆の顔あかあかと飾り焚く      広島県大竹市   西亀 
 
 飾焚きは正月十五日頃に行われる左義長どんど焼きだ。組んでおいた櫓を早朝から燃やし、無病息災を願う。「若衆の顔あかあかと」の措辞が地域の人材の豊かさ、火の勢いの良さを伝える。